しまったままの骨壺、もう一度そばへ

押し入れの中でひとりぼっち

あの子の骨壺を「ナイナイ」にした日

ペットが亡くなったあと、骨壺をどこに置けばよいのか分からず、押し入れや棚の奥にしまったままになることがあります。

最初は、仏壇のそばに置いていた。
けれど、少しずつ奥へ移動していった。

忘れたかったわけではありません。
捨てようと思ったわけでもありません。

ただ、見ることがつらかったのかもしれません。

仏壇のそばに置こうと考えて

ペットの骨壺を、家族の仏壇のそばに置いてあげたいと思う方は少なくありません。お花も、お線香も、お水も、同じ場所で供えることができます。
家族なのだから、同じ場所にいてほしいと思うのも自然なことです。

けれど、実際の仏壇には、思っているほど余裕がありません。
位牌があり、お供えの道具があり、花立てや香炉があります。
そこへペットの骨壺を置こうとしても、なかなか入る場所がありません。
人の位牌よりも、ペットの骨壺のほうがずっと大きいこともあります。

仕方なく仏壇の横へ置いたり、少し奥へ置いたり。最初は見える場所にあっても、大掃除や部屋の片づけをするたびに、少しずつ見えにくい場所へ動いていくことも。
仏壇の横から、テレビボードの下段へ。
扉のある棚の中へ。
押し入れへ。
やがて天袋や、天井裏の収納へ。

枯れそうな観葉植物のように、なんとかしてあげたいけれど、わからない。。そんな自分を見たくない。。大切なものなのに、少しずつ遠くなっていきます。

見るたびに、つらい別れを思い出してしまう

骨壺を見えない場所へ移す理由は、置き場所だけではありません。
銀色や白色の箱を見るたびに、病気だった頃のことや、亡くなった日のことを思い出してしまうことがあります。

もっとできることがあったのではないか。
あの選択でよかったのだろうか。
最後は、ずいぶんつらい姿にさせてしまった。

本当は、元気に走っていた姿や、眠っていた顔を思い出したいのに、あの子が収まっているはずの銀色の箱を見ると、最後の時間ばかりが浮かんでしまう。

だから、少しだけ見えないところへ。
また少しだけ奥へ。
「ナイナイ」にするように、しまっていくのです。

それは、忘れたからではありません。大切だったからこそ、見ることが苦しくなったのではないですか?

毎日会いたくなる姿に変わったら

骨壺の姿を変えることで、思い出し方が少し変わることがあります。銀色の箱や白い骨壺のままではなく、毛色に似た色や、その子に似合う色のカバーをかけてみる。
丸くて、やわらかくて、どこかその子を思わせる姿にしてみる。
そうすると、骨壺ではなく、その子の居場所として見られるようになることがあります。

目に入るたびにつらくなるのではなく、

「今日もそこにいるね」
「その色、やっぱり似合うね」

と、声をかけたくなる。

毎日見てあげることが、少し楽しみになります。思い出すことが供養だとも言います。
仏壇の横でなくても、リビングの棚でも、窓辺でも、いつも過ごしていた部屋でも。
どこに置いても、その子を感じられる姿なら、暮らしの中に自然に居場所を作ることができます。

骨壺カバーができること

骨壺カバーは、骨壺を隠すためだけのものではありません。
悲しかった時間を強く思い出させる姿から、かわいかったその子を感じられる姿へ。見えないところへしまいたくなるものから、毎日そばに置いておきたいものへ。

その間をつなぐ役目を持っています。

亡くなったことを忘れるためではありません。
亡くなった日だけではなく、一緒に過ごしたたくさんの日を、もう一度思い出せるようにするためです。

思い出したら、連れ出してみてください

いま、押し入れや棚の奥に骨壺があっても、大丈夫です。
しまったことを、責めなくてよいと思います。
でも、この記事を読んで、その子のことを少し思い出したのなら。押し入れを開けて、もう一度会ってみてもよいのかもしれません。

すぐに飾らなくても。
今日は箱を見つけるだけでも。
少し手前へ動かすだけでも。

そして、いつか気持ちが向いたら、かわいかったその子を思い出せる姿にして、暮らしの中へ連れ出してあげてください。

ふと目に入ったとき、名前を呼べる場所へ。

「ずっと、ここにいていいんだよ」と思える場所へ。